追悼:南部陽一郎 博士(2008年ノーベル物理学賞)

研究成果 2015/07/21

 深い洞察により20世紀後半の理論物理学を先導し、その温厚な人柄でも世界の科学者の尊敬を集めていた南部陽一郎先生が2015年7月5日に逝去されました。東京大学物理学教室として、謹んで哀悼の意を表します。

 南部先生は1921年に東京でお生まれになり、幼少期を福井県で過ごされ、旧制一高を経て、1942年に東京帝国大学理学部物理学科を卒業されました。卒業と同時に陸軍のレーダー研究所に徴兵され、終戦後は大学に戻り、1946年から1949年まで本学物理学科嘱託、助手を務められました。食糧難の時代に、旧理学部1号館に泊まり込みで研究に没頭されたと聞き及びます。1949年9月に新設の大阪市立大学の助教授に採用され、1950年には29才の若さで教授となられました。1952年に朝永振一郎氏の薦めで渡米し、プリンストン高等研究所に研究員として勤務され、1954年にシカゴ大学助手、1956年に同助教授、1958年に教授に採用され、その後1991年にシカゴ大学名誉教授となられた後も研究を続けて来られました。

 南部先生のご業績は、自発的対称性の破れの理論、カラー自由度の導入、弦理論の提唱と枚挙にいとまがありません。1978年には文化勲章、2008年には、小林誠氏、益川敏英氏とともにノーベル物理学賞を受賞されました。受賞理由となった自発的対称性の破れ(Spontaneous Symmetry Breaking)は、超伝導の理論にヒントを得て構築された、素粒子の質量の起源の問題を解き明かす概念で、その一般性から、多くの物理学の分野に多大な影響を与えると同時に、Higgs粒子発見のきっかけにもなりました。この理論形成には、東大の助手時代に久保亮五博士の物性理論グループと隣り合わせた経験も影響を与えていると言われています1,2

 物理学教室では、2003年から始まった21世紀COEプログラム「極限量子系とその対称性」(拠点長:佐藤勝彦教授(当時))の一環として度々教室に招へいし、”SSB (spontaneous symmetry breaking) 物語”と題する集中講義を開講するなど、様々の機会に講演を行って頂きました3。2008年のノーベル物理学賞の受賞の際には、理学部および物理教室でも受章をお祝いする広報の特集号を発行させて頂きました4。南部先生は、アメリカに移られた後も、多くの研究者に影響を与え続け、物理学を目指す日本の若手研究者が目標と仰ぎ見る存在でした。常に10年先を予言したと評される独創性にあふれた先生のご研究、後進に与えた多大な影響、その誠実で暖かいお人柄に敬意を表し、心から深くご冥福をお祈りします。

(文責:佐野雅己)

1)日本物理学会誌、50, no.11, 898-900 (1995) http://ci.nii.ac.jp/naid/110002066541

2)江沢洋編、「南部陽一郎、素粒子論の発展」(岩波書店、2009年)

3) 南部陽一郎、「自発的対称性の破れとその周辺」、東京大学理学部物理学教室談話会、2004年6月4日

4) http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/26571/1/rgn40_4_1.pdf

関連リンク : 2015年度 素粒子理論(A1)
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