物理学科へのいざない

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物理学専攻長、物理学科長 上田 正仁

 物理学は森羅万象の自然現象を少数の原理から統一的に理解しようと試みる学問分野です。黙して語らぬ自然と実験を通じて対話を重ね、再現性のある現象を原理に立ち返って定量的に理解する学問ということもできます。数学は人間の自由な発想のもとに理論を構築できるのに対し、物理学は論理的に可能な無限の可能性の中から自然が選択する唯一の法則を洞察することが求められます。自然が選択した法則は、時に最も単純で美しく、時には「事実は小説より奇なり」を地で行くかのごとしです。ミクロコスモス、マクロコスモスという言葉がありますが、物理学はミクロな素粒子・原子核からマクロな宇宙までの広大なスケールを統一的に記述します。アインシュタインはそこに人知を超越した “spirit”を感じたといわれます。
 物理学は2つの異なる思想の下に発展しました。その一つは還元主義で、物質の構成要素を原子、原子核、クオークへと分解し、よりミクロな世界の法則を追究してきました。もう一つは創発主義とも呼ぶべきもので、多数の粒子が集まった結果発現するマクロな現象を探求してきました。宇宙の始まりを理解するためにはミクロな法則を発見する必要がありますが、現在の宇宙の豊かな構造の発現機構を理解するためには多数の粒子が相互作用することから生まれる多体効果を解明する必要があるのです。同じことは物質世界にも当てはまります。超伝導や超流動に代表されるように同じ物質であっても温度が下がるにつれて個々の粒子の性質からは想像できない様々な量子相が発現します。物理学教室の先輩である南部陽一郎博士はこの発現機構―自発的対称性の破れ―が素粒子レベルでも本質的な役割を果たすことを指摘されました。
 ニュートリノ研究でノーベル賞をとられた小柴昌俊博士は「ニュートリノ研究は役に立たないし、儲かりもしないよ」とおっしゃいました。ところが、純粋な知的好奇心から発見された新原理は現代文明を支える革新的デバイス原理へと発展しました。一般相対論はGPSの基礎学理となり、量子論からトランジスタやレーザーが生まれ、さらに、統計物理学の考え方に基づくニューラルネットワークの集団的理解は現代のAI技術へと発展しました。
 理学部物理学科には約40名の教授・准教授・講師が在籍しています。大学院の物理学専攻は物理学科教員のほか、物性研究所、宇宙線研究所、カブリ数物連携宇宙研究機構など15の学内組織、さらには外部機関である高エネルギー加速器研究機構(KEK)、理化学研究所、宇宙科学研究所の教員も含めて、講師以上の教員数が130名を超える世界でも有数の教育・研究拠点であり、広大な物理学のほとんどの領域をカバーしています。
 理学部物理学科では2〜3年生で学問体系の基礎となる量子力学、熱力学・統計力学、電磁気学、固体物理学と関連する実験技術などを学びます。4年生の特別実験・理論演習や大学院共通講義では最先端の研究に触れて実践することができます。また、機械学習の基礎とそれが物理学へどう応用されているかも学びます。卒業生の多くは大学院に進学し研究者を目指しますが、物理学科で培った原理に立ち戻って問題を理解し解決するという能力を活かして社会で活躍している人も数多くいます。
 物理学の研究は未知の自然現象の探求であり、実験から得られるデータはデータセンターには存在せず、AIから学ぶことができません。そのような自然の成り立ちや仕組みを自らの頭で理解したいという好奇心と探求心にあふれた方、柔軟な発想で自然科学の新しい地平を切り拓きたい方、社会の課題解決に物理学を役立てたい方を、私たちは心から歓迎します。