レーザー科学

研究室研究者紹介研究テーマ
相川研究室相川清隆 准教授浮揚オプトメカニクス・原子分子物理学
上田研究室上田 正仁 教授ボース・アインシュタイン凝縮、超流動
酒井広文研究室酒井 広文 教授最先端レーザー技術を駆使した原子分子物理学実験
島野研究室島野 亮 教授光物性物理学 -光で探る量子物性 -
三尾研究室三尾 典克 教授高レーザーを使った応用研究:重力波検出、干渉計測、レーザー加工など

レーザー科学

―冷却原子気体から原子分子物理学、光物性物理学まで―

冷却原子気体

レーザー冷却等により、マイクロケルビン以下に冷却された原子気体のボース・ アインシュタイン凝縮やフェルミ超流動の理論的研究を行っている。この系は原 子間相互作用の強さを含むほとんどすべての物質パラメーターを自在に変化させ ることができる人工量子物質である。この自由度を用いて、様々な物理現象に共 通する普遍的な法則の探求が可能である。例えば、光で作られる結晶(光格子) を用いて理想化された状況下で高温超伝導のような強い相互作用をする系の性質 を調べることができる。また、ボースノヴァとよばれる超新星爆発に類似した非 平衡現象、キブル機構という宇宙初期の相転移のシミュレーション(図1)を行っ ている。更に、結び目理論のような数理物理への展開も行っている(図2)。

冷却原子気体は、相互作用が強い極限(いわゆるユニタリティ極限)で、原子の 種類などの物の性質によらない普遍的な熱力学的性質を示すようになると予想さ れている。このユニタリティ極限の性質を理解することは、高温超伝導のメカニ ズムの問題や原子核物理の問題とも密接な関連がある。また、今後は様々な対称 性を持った超流動や、分子の超流動など様々な分野にまたがる学際的な研究に発 展していくものと考えられる。

ueda1

図1:量子気体がキブル機構により磁化していく様子。赤く磁化した領域内に未磁化の青い部分が残る。
これは秩序空間に置ける特異点(トポロジカルな欠陥)であり、 宇宙初期の相転移における磁気単極子や宇宙ひもに対応する。

ueda2

図2:内部自由度をもったボース・アインシュタイン凝縮体における結び目構造。
左図は内部自由度の状態を示しており、特別な状態の点のみ書き出すと右図の様な結び目が形成されている。

 原子分子物理学は常に新しい!

原子分子物理学は既に確立された学問分野であると 思っている人はいないだろうか。プロの物理学者でも見当違いをしている人が少なくないのだが大変な誤解である。原子分子の分光学が量子力学の発展に大きく 貢献したように、現在でも光と原子分子の相互作用で発現する物理現象が量子物理学の発展に本質的な寄与をしているといっても過言ではない。ただし、「光」 の性質が昔と現在では大きく異なっている。現在の光源の主役はレーザーである。

レーザー光は良く知られているようにコ ヒーレントであり、(a)可干渉長が長い、(b)優れた単色性をもつ、(c)指向性がよい、(d)偏光の制御性が高い、(e)短パルス光が得られる、(f)パワーが大きいなど、従来の光源では得られない多く の特長をもっている。高出力のレーザー光と物質との相互作用で第2高調波発生などに代表される多くの非線形光学現象が 観測されるようになったが、そのメカニズムは皆が学部時代に学習する摂動論で理解できるものであった。

レーザー技術は超短パルス化と高出力化を2大目標と して進歩し続けている。可視~近赤外領域では光の1周期に迫る超短パルスの発生も可能となり、物質中の超高速現象の解明に利用されている。また、光の超短 パルス化に伴い、比較的小さなエネルギーでもレンズ等で集光することにより、原子分子内のクーロン電場を上回るような高いレーザー電場強度を実現すること も可能になった。これにより、超短パルス高強度レーザー電場と原子分子との相互作用の研究が初めて可能になった。実際、高次高調波発生に代表される多くの “非”摂動論的かつ高次の非線形光学現象が観測され、世界の多くの研究機関で活発な研究が展開されている。高次高調波を用いてアト秒(10-18 s)台のパルスの発生も可能となり、原子分子内の電子の ダイナミクスを直接的に観測あるいは制御できる可能性も出てきた。気体の原子分子が孤立系であることに起因して、レーザー光を用いた原子分子の物理学は実 験と理論がバランスよく進歩し続けているのが大きな特長であり、現在でも量子物理学の絶好の研究対象となっているのである。

物理学教室の酒井広文研究室では、通常ランダムな向 きを向いている分子の向きを、レーザー光を用いて揃える技術を開発するとともに、向きの揃った分子試料を用いた応用実験を進めている。向きの揃った分子試 料を用いることにより、分子の異方性を反映した現象の発見とそのメカニズムの解明が進んでいる。これらの現象は、ランダムな向きを向いた分子試料では空間 平均されて見えなかったものである。

皆も聞いたことがあるであろうボース・アインシュタ イン凝縮や量子情報などもレーザー科学あるいはレーザー光を用いた原子分子物理学の一分野である。

 光物性物理学 

物質の光学的性質は、電気伝導、磁性、熱伝導性とな らんで物質の基本的な性質の一つである。金属が金属光沢を示すのは、自由電子の運動に因っている。ルビーの美しい紅色は、結晶中に僅かにある遷移金属元素 に由来する。物質の光学応答を理解することは即ち物質の構造を理解することでもある。光を「プローブ」として物質構造を調べ、かつ光との相互作用のあり方 を探求する学問分野が光物性物理学である。

プローブとしての光の役割はレーザーの進歩とともに 質的な変貌を遂げ、今や光によって物質の性質を変えてしまうこともできるようになってきた。強い光を物質に照射すると一般に温度は上昇する。太陽光をレン ズで集光して紙に照射すると燃えてしまうことは誰もが知っているだろう。ところが巧みに制御されたレーザー光を用いると、物質系を冷やすことも可能なので ある。或いは、物質を破壊することなく、光によって絶縁体から金属に、あるいは常磁性体から強磁性体に、といった具合に物性を変えてしまう(光誘起相転移と呼ばれる)ことも可能になってきているのである。

レーザーが発明されてからすでに40年余りが経つが、光の技術は更なる進化を続けてい る。極短光パルス技術の進展によって、1兆分の1秒、千兆分の1秒といった、他の手法ではとても観ることができない超高速の時間領域で起きる物理現象を目の当たりにすることもできるようになってきた。遠赤外から可視、紫外、軟X線に至る広い波長領域で、高輝度かつコヒーレントな 光源が得られるようになりつつある。新しい光源の進歩によって、光物性研究の対象は格段に広がりつつある。超伝導や強磁性など、多体の量子力学によって発現するマクロな量子物性の探求は固体物理学研究の醍醐味である。このような物質群も広範なエネルギー範囲の「光」を手にした今、電磁気学的応答からその発 現機構を詳しく調べることができるようになってきた。相転移(自発的対称性の破れ)に伴って発現する「秩序の揺らぎ」を光学応答から研究すると、相転移のダイナミクスに迫ることもできる。一個の「光子」と物質(電子系)との相互作用を巧みにコントロールして、量子光学、量子情報処理を行う研究も活発に進め られている。

光物性物理学では、電磁気学、量子力学、統計力学、 そして固体物理学を縦横無尽に使い、物質構造の探求と理解、光と物質の相互作用の理解を深化し、光科学の更なる発展を目指している。

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