2015年度ノーベル物理学賞 解説

受賞・表彰 2015/10/13

2015年度のノーベル物理学賞は,「ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動の発見」により,東京大学宇宙線研究所の梶田隆章教授とクイーンズ大学のArthur B. McDonald教授が受賞されることとなりました。

ニュートリノは素粒子の一種で,素粒子に働く基本的な相互作用のうち「弱い相互作用」しかはたらかないために物質との反応が極端に起こりにくく,観測が非常に難しい粒子です。ニュートリノには電子型,ミュー型,タウ型の3種類があることがわかっていますが,過去の測定結果をもとに,素粒子物理学の標準模型ではどれも質量がゼロであるとされていました。一方でもし,ニュートリノがゼロでない質量をもてば,飛行中にニュートリノの種類が変わる「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象が起こりうることが予言されていました。*)

梶田先生の研究は,当物理学教室で小柴昌俊先生が始められたカミオカンデ実験が発端となりました。小柴先生は超新星からのニュートリノを検出したことにより2002年のノーベル物理学賞を受賞されましたが,カミオカンデの本来の目的は陽子崩壊の探索でした。宇宙線など観測の邪魔になるバックグラウンドを防ぐため検出器は地下深くに作られました。ところが,宇宙線が大気と衝突するときに生成される大気ニュートリノは地球を通り抜けて検出器内にやってくるため,防ぐことができません。そこで,梶田先生たちはカミオカンデのデータを用いてこの邪魔ものである大気ニュートリノの研究を始めたのです。やがて梶田先生は電子型とミュー型のニュートリノの観測数の比が予想と異なることに気づきました。その理由としてニュートリノ振動を含む様々な可能性が議論されましたが,データ量が十分でなかったこと,他の実験で矛盾する結果が報告されたこと,また当時の常識では考えられないほど大きな効果であったことなどから,決定的な結論には至りませんでした。

そこで,さらに詳細な研究を行うために,故・戸塚洋二先生を中心とした国際共同実験グループにより,スーパーカミオカンデ実験が計画されました。スーパーカミオカンデは1996年4月に稼働を始め,大気ニュートリノ観測の最初の結果は1998年6月に高山市で開かれたニュートリノ国際会議において梶田先生によって発表されました。観測されたニュートリノ反応事象の角度分布は,電子型ニュートリノや,ミュー型のニュートリノのうち神岡のすぐ上空からやってくるものの数は予想と一致している一方で,地球の裏側からやってくるミュー型のニュートリノの数が減っていることを明確に示していました。これは,ミュー型のニュートリノが飛行中にタウ型に変化したために観測にかからなくなっているためであり(図),ニュートリノ振動が起きていることを疑う余地なく見事に示したものでした。標準模型が完全でないことを示す衝撃的な結果であることはただちに理解され,梶田先生の発表のあと,会場ではしばらく拍手が鳴り止みませんでした。

neutrino

図:スーパーカミオカンデにおける大気ニュートリノ観測から、ニュートリノ振動が発見され、ニュートリノが微少質量を持つことが示されました。

 

一方で,太陽からやってくるニュートリノの観測でも,その数が予想よりも少ないという結果が報告されていました。1970年代からのR. Davis Jr(2002年ノーベル物理学賞)らによる先駆的な研究に続いて,カミオカンデ・スーパーカミオカンデなどの実験でも太陽ニュートリノの研究が行われ,やはり予想よりも観測数が少ないことがわかりましたが,その原因は30年にわたる謎でした。太陽ニュートリノでもニュートリノ振動が起きていることを2001年頃に決定的な形で最初に示したのが,McDonald教授が主導したカナダのSNO実験でした。2002年には,カミオカンデの跡地を利用したKamLAND実験による原発からのニュートリノ観測でも,太陽ニュートリノの観測と一致する形でニュートリノ振動が起きていることが確認されました。

梶田先生やMcDonald教授の業績は,素粒子の新しい研究領域につながる道を切り拓くものでした。ニュートリノに質量があり種類の変化が起きることは,標準模型を超える現象であり,標準模型が完全でないことの最も明確な実験的証拠です。このため1998年の発見以降,ニュートリノ振動の研究は現在の素粒子物理学の主要なテーマの一つとなり,世界中で研究が行われています。その中で日本のニュートリノ実験は世界をリードする成果をあげ続けており,2011年には加速器による人工ニュートリノビームを295km離れたスーパーカミオカンデに打ち込む長基線ニュートリノ振動実験T2Kで,ミューオン型から電子型へという新しい種類のニュートリノ振動が確認されました。今後,カミオカンデ・スーパーカミオカンデの成果をさらに発展させるべく,ハイパーカミオカンデ計画が提案されています。もし実現すれば,ニュートリノと反ニュートリノでニュートリノ振動の比較をすることで,宇宙から反物質が消えてしまった謎の解明に近づくことができると期待されています。また,陽子崩壊も現在より10倍以上の感度で探索することが可能になり,ついに発見できるかもしれません。

 (橫山将志)

 

*)ニュートリノは素粒子の崩壊・反応により弱い相互作用の固有状態として生成されますが,それが質量の固有状態と一致しておらず,異なる質量の固有状態の重ね合わせとなっている場合に,ニュートリノが飛んでいく間に異なる質量の固有状態は少しずつずれていき,結果として別の種類のニュートリノとして観測される確率が生じます。もしニュートリノの質量がゼロであれば,ずれが生じないためこの現象は起きません。

 

 

 

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