原子核実験
原子はおよそ直径0.1ナノメートル(100億分の1m)程度という微小なものですが、その中心には直径が数フェムトメートル(1000兆分の1m)という更に微小な原子核があります。われわれは、この原子核の物理的性質を、様々な実験的な手段を駆使して研究しています。
原子核実験グループでは、多種多様な原子核が見せる奇妙な性質の解明や、物質を構成する究極の粒子であるクォークのレベルから原子核内部で作用する力を理解するための研究など、極微の世界にまつわる様々な課題に挑戦しています。 このような研究を推進するために、我々は加速器を用いた原子核物理実験を国内外の最先端大型施設にて行っています。このような国際共同研究をより包括的かつ広範囲に展開するために、2024年には理学系研究科に「クォーク・核物理研究機構」が発足しました。我々の研究グループはこの新たな研究組織とも密接に連携しています。
●中村研究室
クォークには6種類が存在することが知られています。地球上のあらゆる物質を構成する通常の核子(陽子・中性子)は、第一世代と呼ばれるアップクォークおよびダウンクォーク、そしてそれらを結びつけるグルーオンから構成されています。一方、アップまたはダウンクォークの一部を第二世代の“ストレンジ”クォークに置き換えることで、「奇妙さ(strangeness)」という量子数をもつ核子(ハイペロン)や原子核(ハイパー核)を作ることができます。中性子星の深部のような高温・高密度環境下では、自然にハイペロンが出現すると考えられています。 中村研究室では、粒子加速器を用いて生成したハイパー核の性質を実験的に測定し、SU(3)フレーバー対称性のもとでの核力、すなわちバリオン間力の統一的理解を目指しています。また、ハイパー核をプローブとして通常の原子核および核力の理解を深め、さらには中性子星内部構造の解明にもつなげることを目指しています。 我々は、米国ジェファーソン研究所にある電子加速器 CEBAF(Continuous Electron Beam Accelerator Facility)から供給される大強度電子ビームを用いて、原子核中の陽子をΛハイペロンに変換する反応を利用したハイパー核分光実験を行っています。複数台の磁気分光器を組み合わせて生成反応や崩壊に関与する粒子を精密に測定し、生成ハイパー核の質量や寿命といった基本的性質を調べています。さらに、ドイツ・マインツ大学が所有する電子加速器 MAMI-C や、東北大学先端量子ビーム科学研究センター三神峯事業所(RARiS)においても、電磁生成反応を利用したハイパー核研究を展開しています。また、茨城県東海村にある大強度陽子加速器 J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)では、π/K中間子ビームを用いて原子核中の中性子をΛハイペロンに変換する反応によってハイパー核を生成しています。ここでは、磁気分光器による反応分光に加え、ゲルマニウム検出器などの半導体検出器を用いたハイパー核のγ線分光も行っています。さらに将来的には、新たなビームライン(HIHR)における高精度ハイパー核分光実験の計画も進行中です。
●鈴木研究室
鈴木研究室は陽子・中性子からなる核子多体系の量子物理をメインテーマとしています。原子核は極めて量子力学的効果の強い系であるため、その振る舞いの統合的理解は極めて挑戦的な課題です。我々は原子核をフェムトスケールの実験室と捉え、その内部構造やダイナミクスを解き明かすための研究を進めています。ミクロな原子核の研究は、中性子星をはじめとした核物質や、宇宙での元素合成とも密接にかかわる天体現象の理解など、マクロなスケールでの様々な未解決課題にも関係しています。 現在、核子多体物理のフロンティアは、地上に存在する物質(≒安定核)から、陽子・中性子数のアンバランスな不安定核へと移り変わっています。この潮流を生み出しているのは、放射性同位体である短寿命原子核(RI: Radioactive Isotope)のビーム、すなわち「RIビーム」の生成技術の飛躍的な進展と、それを可能にした加速器実験施設の発展です。鈴木研究室ではRIビームを駆使することで、極限的な原子核・量子状態を超短時間あるいは疑似的に地上に作り出し、その性質を様々な実験的プローブで解明する実験研究を行っています。その国内拠点となるのは、理化学研究所仁科加速器科学研究センターのRIビームファクトリー(RIBF)という大型実験施設です。さらに、国外の大型施設、例えば米国FRIB、フランスGANIL、カナダTRIUMFなどでも研究を展開しています。


