知の物理学研究センター センター長挨拶

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近年の機械学習やAIのブレークスルーは生物学に啓発された深層ニューラルネットワークに基づいている。しかし、アーキテクチャーが複雑で機械自らが強化学習するために機械全体がブラックボックスとして機能し、結果が出てもその理由や信頼性の説明が容易でない。その一方で、自動運転、医療、金融、司法判断などおよそ説明責任が求められる分野において、機械学習の動作原理を根本的に理解するニーズが急速に高まっている。これは、AIを経済・社会システムと整合させるうえでも喫緊の課題である。
この問題をAIサイドから解決する試みが「説明可能なAI」(Explainable AI, XAI)である。XAIは、答えを得るためにトレーニングされたシステムとは別に、その答えの説明を編み出すようにトレーニングされたシステムを構築する。しかし、その説明の信頼性を保証するものは経験的統計データしかない。これに対して、「知の物理学」は、原因から結果に至る因果関係を演繹的にモデル化するなど、AIを物理学の根本原理から理解することを目指す。究極的には知性が発現する数理的構造の解明を目指す。

その様な学問が成立することを期待させる客観的な証拠がある。
第一に、深層学習における情報処理のプロセスは、物理学における繰り込み群と呼ばれる手法と密接な対応関係がある。繰り込み群は、膨大なミクロ情報を段階的に粗視化することで、人間が認識できる少数のマクロな情報を抽出する。また、深層学習はボルツマンマシンを表現空間として用い、情報を古典スピンにエンコードする。入力データから相対エントロピーを最小化することによって特徴抽出された量の確率分布を推定する作業は、繰り込み群の自然な拡張になっている。また莫大な数のパラメータからなる複雑なポテンシャルランドスケープの極小値を求める作業は、物理学ではスピングラスの問題として長い研究の蓄積がある。さらに、古典スピンを量子に拡張することで、データの非可換性や文脈依存性などを自然な形で取り込むことが期待できる。
第二に、物理学が扱うデータはAIが扱うデータと本質的に異なっている。AIが扱う自然言語、音声、インターネット上の情報は人間の脳が生み出すデータであり、進化論的な強い制約を受けている。他方、物理学が扱うデータは物理法則が生みだす。素粒子物理学では基本対称性がデータを生成し、物性物理学は対称性の破れがデータを創発し、宇宙物理学はその結果として構造形成されたオブジェクトがデータを生み出す。物理学の観点からは、人間の脳が生み出す情報は、複雑系が生みだす情報と言えるが、その根本的理解は脳機能の解明を待たなければならない。このように、通常のAIが対象とするデータと物理学が対象とするデータは本質的に異なっており、両者を横断的かつ統合的に研究することによってAI研究のフロンティアは格段と拡張されるものと期待される。AIの基礎を物理原理から理解することを目指す「知の物理学」は、自然現象が生みだすデータ構造の背後に潜む本質的な情報を抽出するというタスクを通じて、物理学に理論、実験、計算機シミュレーションに続く第四の研究のフロンティアを提供するものと期待される。「知の物理学」の研究を通じて、機械学習の原理がひとたび理解されると、原理に基づいたパラメータの最適化が可能になり、応用面でもブレークスルーにつながるものと期待される。

 人材育成の観点からは、物理学の本質的理解に基づく「知の物理学」研究を通じて、基礎学理から応用までを俯瞰できるトップ人材を育成する。そのようなニーズは今後ますます高まるものと期待され、本研究センターはそのための拠点としての役割を果たす。

知の物理学研究センター
センター長
上田 正仁

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