物理学教室 談話会(7月5日)
コロキウム・談話会 2024/06/25
題目:銅酸化物高温超伝導体における小さなフェルミポケットの観察
講師:近藤 猛 氏
所属:東京大学・物性研究所
日時:2024年7月5日(金)17時00分~18時00分
場所:東京大学本郷キャンパス 理学部4号館1220号室
(ミレニアムサイエンスフォーラム 共催講演会)
第22回 (2020年) サー・マーティン・ウッド賞受賞記念講演
銅酸化物高温超伝導体では、モット絶縁体へのキャリアドープにより、高い臨界温度(Tc)を持つ超伝導が発生する。そのため、高温超伝導の発現機構を解明するには、half-filledモット状態近傍の低キャリア領域におけるCuO2面の電子物性を理解することが重要である。これまでに銅酸化物で確立された電子相図は、単層および二層のCuO2面をもつ物質を対象とした研究に基づいている。しかし、これらの物質では超伝導を担うCuO2面がドーパント層に直接接しているために電子状態が強く乱れていることが超伝導機構の解明を難しくしている。特に、ドープされたモット状態において理論的には形成されるべき小さなフェルミポケットの形成が観測されず、代わりにアーク状のフェルミ面が観測されており、その起源については現在でも銅酸化物研究のみならず物性物理学の中心的なトピックの一つとなっている。これらの問題を解決するため、多層型銅酸化物の単位胞内部に位置するCuO2面に着目した。このCuO2面はドーパント層との直接接触を避けることで不均一性・乱雑性が除去された理想に近い「綺麗な」電子状態を実現している。 本研究では、多層型銅酸化物Ba2Can-1CunO2n(F,O)2を用いてARPES及び量子振動測定を行なった。最も重要な結果として、ARPES及び量子振動測定で共に一貫性のある小さなフェルミポケットを観察した[1]。ポケットに沿ってd波超伝導ギャップが開いていることから、単位胞内部の「綺麗な」CuO2面では、超伝導と反強磁性秩序が共存していることが明らかとなった。さらに、モット絶縁相に1%以下の僅かなキャリアを注入するだけで、極めて長寿命の準粒子がフェルミポケットに生成されることを見出した[2]。これらの結果は、銅酸化物高温超伝導体で未解決問題となっている超伝導やフェルミアーク状態の理解に重要な示唆を与えるものである。さらに最近の研究から、小さなフェルミポケットを形成する内側のCuO2面では、フェルミアークを形成する外側のCuO2面よりも超伝導ギャップが増大することを見出した。これは、小さなフェルミポケットの形成によって、それとは運動量空間で離れたアンチノード近傍で発達しやすい電荷密度波や擬ギャップ状態との競合が回避されるため、と解釈できる。本講演では、その新しい結果についても詳細に議論する。 |
[1] S. Kunisada et al., Science 369, 833 (2020).
[2] K. Kurokawa et al., Nature communications 14, 4064 (2023).
※1220号室前にコーヒーとお菓子を用意しています。どうぞご利用下さい。