三次元ディラック電子の軌道による巨大反磁性を明らかに

研究成果 2021/04/23

末次祥大(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士後期課程学生/現:京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻助教)
北川健太郎(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻講師)
小形 正男(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授)
髙木 英典(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授/独マックスプランク固体研究所所長)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の末次祥大博士後期課程学生、北川健太郎講師小形正男教授髙木英典教授は、物材機構の苅宿俊風主任研究員、独マックスプランク研究所Andreas W. Rost研究員(現:St. Andrews大講師)、Jürgen Nuss研究員らとの国際共同研究により、トポロジカル半金属(注1)の固体中において相対論的なディラック電子(注2)としてふるまう電子が巨大な負の磁化率を示す機構を説明する実験的証拠を得ました。トポロジカル半金属中の相対論的ディラック電子はカイラル異常や異常な位相をもつランダウ量子化のような種々の非従来型電気伝導を示すことから、新奇なトポロジカル輸送物性の舞台として世界的な物質開発競争となっていました。一方、ディラック電子に起因する異常な磁性現象としては、巨大な軌道反磁性(注3)が知られていました。

巨大な反磁性は1778年にAnton Brugmansがビスマス単体で最初に見出しました。負の磁化率―反磁性―は、磁石を近づけると反発する一見奇妙な現象ですが、決して珍しくはなく小さな反磁性は多くの物質で普遍的に見られます。しかし、ビスマスの反磁性はあまりに巨大なため長きに渡って固体物理学の謎とされてきました。先に挙げたように、理論的には50年も前に本学物理学科の福山秀敏(当時大学院生)と久保亮五教授の研究によって、ディラック電子系でのバンド間の混成効果が巨大な軌道反磁性を与えることが示されており、近年のディラック半金属研究では実際にいくつかの物質で巨大な反磁性が観測されてきました。しかし、これまでの実験では、古くから研究されてきたビスマス単体においてさえ、「ディラック電子」の「軌道磁性」を抜き出して観測することが出来ていなかったため、「ディラック電子」と「巨大な反磁性」の関連性は分かっていたものの「巨大な軌道反磁性」であることは証明できていませんでした。

国際共同研究チームは、今回、三次元ディラック電子系であるSr3PbOに着目し、磁化率測定と核磁気共鳴法を巧みに組み合わせることによりまさに軌道反磁性だけを抜き出して測定することに成功しました。ディラック電子系においては、軌道から来る磁性とスピンから来る磁性それぞれが試料のドープ濃度や温度によって複雑に変化します。これらが複数の磁性測定手段に与える寄与を計算することによりスピン成分と軌道成分を分離しています。まさに実験から得られた軌道成分が理論計算による値と一致することが分かり、ディラック電子の巨大な反磁性が軌道の混成効果から生じていることを証明することが出来ました。これにより、200年以上前に発見された固体物理学上の基礎的な現象に完全な説明を与えることになりました。

:(左)質量のあるディラック電子のバンドとエネルギー分散関係、軌道磁化率のイメージ図。波線は正孔(ホール)と励起された電子のバンド間磁場効果を表している。フェルミ準位、すなわち試料のドープ濃度の変化による軌道磁化率が右側に表示されている。(右)三種類の正孔ドープ濃度を持つ試料と様々な温度に対して測定された核磁気共鳴法のナイトシフトKと磁化率の対応関係をプロットしたもの。赤で示された軌道成分と青のスピン成分の分離に成功した。

本研究成果は、2021年3月10日付で、物性物理分野の学術雑誌であるPhysical Review Bに掲載され、雑誌編集者による注目論文(Editor’s suggestion)として採択されました。

発表雑誌

雑誌名「Physical Review B」103, 115117 (2021).
論文タイトルGiant orbital diamagnetism of three-dimensional Dirac electrons in Sr3PbO antiperovskite
著者S. Suetsugu, K. Kitagawa, T. Kariyado, A.W. Rost, J. Nuss, C. Mühle, M. Ogata, H. Takagi
DOI番号https://doi.org/10.1103/PhysRevB.103.115117

問い合わせ先

東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻
講師 北川 健太郎(きたがわ けんたろう)
TEL:03-5841-4058  E-mail:kitagawa@phys.s.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 トポロジカル半金属
線形のエネルギー分散(ディラック型)をもつ金属。試料表面のみにディラック電子をもつトポロジカル絶縁体とは違い、試料内部にディラック電子をもつ。

注2 相対論的ディラック電子
通常の非相対論的シュレーディンガー方程式ではなく、相対論的量子力学におけるディラック方程式に従うため、通常の金属とは違う奇妙な振る舞いを示す。

注3 軌道反磁性
軌道磁性は電子の軌道運動が作る磁石である。反磁性はそのうち、与えられた磁場とは逆の負の方向に磁化が発現する現象のことを言う。一般には、物体の磁化は電子スピンと軌道磁気モーメントが重ね合わされてできている。スピン磁化率は正になる。(内殻の)軌道反磁性はすべての物質に存在するが、殆どの場合は絶対値が小さいために実感することは稀である。

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